あかねの集い創刊150号記念:あかねの歴史を紡いで150号

2014-04-08

 あかねの集い創刊(平成元年4月)から25年、150号目ということで1号からの綴りを広げてみました。

 タイトルが「茜集い」→「茜つどい」→「※写真参照」→「あかね集い」→現在の「あかねの集い」になったのが平成4年6月からでした。

 

 平成4年3月まで毎月発行していて、その後は年5~6回の発行となっています。又、タイトルの場所も最初は真ん中に縦に入っていたのが、平成11年5月から上の所になり、かたちも縦長型から横開きに、そしてカット等も多く入るようになってきました。平成13年7月号からA3版でタイトルの左横に茜の花のカットが入り、初めて写真で様子を伝えるようになっています。平成15年5月号からスタイルがほぼ現在のかたちになると同時に7月からカラーコピーでホームページアドレスなど時代に合ったものになりました。当初、発行者が保護者会で(100号ぐらいまで)親が作った法人でしたので、親の思いを書いた文章が毎回入り、そして販売のこと、会の活動と予定表、職員からの報告や感想などが書かれていました。平成15年、発行者があかね園となり、友の会がみどりの風と合わせて編集を受け持ち、担当職員が書いた、園の行事の報告や職員の紹介、各事業の様子、そして保護者会、親の会の活動の報告等が載るようになりました。平成24年12月の143号からカラー印刷、25年5月あかね園の広報担当職員が編集を行うようになり、現在に至ります。

 

 あかねの集いの様々な変遷は、まさに、あかね園の歴史そのものであり、30名定員の通所授産施設が80名の障害福祉サービス事業として、多機能型3事業とグループホーム4カ所、就業・生活支援センター等いくつもの事業をもつ法人になってきた経緯、過程もここにあります。見ているとなつかしい人々の顔が浮かび、そして色々なことがあった27年、窓から今日も美しい茜浜の夕景を見ながらなつかしく思い出され、感慨深いものがありました。

 

 会報の役割は今の活動状況を伝えたり、情報提供をしたりですが、それが積み重なることで時代や社会の移り変わり又、何を伝えるのかの違いも見えます。そんなことを思いながら、今後もより皆様に感心を持って見て頂ける会報の発行を心がけていきたいものです。

(施設長 柴田麻子)

 

TranscodedWallpaper

       あかね園より茜浜の夕景